チムナスは僕から離れようとして、思い直したように振り返った。
「申し上げるべきではないのかもしれませんが、例の機械は、今は近寄ることができないようになっています」
ネドは、あっと思った。彼が言っているのは、あの機械なのだ。
「総統の指示なの?」
「はい、おじいさまの指示です」
「ああ、そうか。・・心配ないよ。もうね」
ネドの脳裏に、あの時の全てが蘇ってきた。
ここにあるのは、今のケネス星人、ほぼ全ての細胞の一部だ。肉体を失う前に残したものと、そして、失ってしまった者については、失う前に使っていたブラシから、毛髪を残している者もいる。
そして、行方不明になった移民船に乗っていた者については、肉親から提供された毛髪を置いている者もいる。
これだけ科学技術が発達したケネス星人なのだから、人間そのものを創り出すこと自体が可能であろうに、でも誰も行おうとしない。今までもしてこなかったし、ネドが思うに、これからもそれは行われないであろう。漠然としているが、それが確信として、ネドにはそう思われる。
この部屋の中に、今もネドが悪夢として苦しめられている機械が置かれている。
僕は小さいころから、僕だけが肉体を有していることが、なんとなくわかっていた。
でも、ここへ来て、この棚を見て、そして置かれているものの事実を知った時、僕は、僕だけが違うことに耐えられなくなった。そういう存在である自分が、このままでいいと思えなくなった。
その後、僕はここへ戻ってきた。
僕は、僕も肉体を失おうと思った。その機械は改良されてカプセル状になっていて、銀色の壁の中に人間が包まれるようになっていた。
装置の操作自体は、単純だった。
セットして、僕は中へ入った。
銀色の壁の中で、僕に圧力がかかった。僕は焦った。僕が決めたことなのに。違うという感情が湧いた。強く。
そして機械が止まった。僕が肉体を失う前に機械の動きが止められた。止めたのはおじいさんだった。
僕は、その時の僕に襲った想いを今でも悪夢として思い出す。
それは恐怖だった。肉体を失うことは違う、なぜかこれは違うという強い感情が湧いた。機械よ止まってくれと思った。なぜそう思ったかはわからない。今でも。
ただ、今は、いずれは僕がこの機械に入ることになるであろうとは、思っている。
それは、あの世へ行くことができなくなって、永遠にこの世に留まるしかないこの星、ケネスの人々を置いて、僕が行ってしまうことはできないからである。