「わかっていないのか。・・そいつに聞け!」
と言ってその兵士は行ってしまった。女は怒ったような目をネドに向けている。ネドは、にこやかな顔をなんとか作って、女に話しかけた。
「僕はネド。遠い異国の商人だ」
「・・・」
「名前を教えてくれないか」
「聞いてどうすんの、私は見ての通りの奴隷よ。ヌコ取りのために、生贄にされる奴隷よ」
何のことだ?
「生贄?僕は見ての通りの異国の商人だ。わからないので聞かせてくれないか?」
「あなたラグーを知らないの?知らないでヌコ取りに行くつもりなの?」
女は怒っている。が、ネドが、よく女の顔を見て見ると、その女の頬に幾筋もの涙の跡が見て取れた。目は確かに赤い。この女はこの理不尽さに怒っているのだ。
ネドはどう対処したら良いのか、一瞬逡巡した。しかし、時間がない。とりあえず急がなければ。仲間が捉えられている。
「出発するぞ!」
きびきびした声を出して、ネドは女をルワに乗せた。自分も別のルワに乗ってすぐに城の門を出た。門から道を少し行ってから、ネドは女を待たせてテラのナイフを取りに行った。だが、これで足りるとは思えない。生贄を連れて行く必要性からすると、このナイフの選択肢はないだろう。
戻ると、女は逃げてはいなかった。ネドにしてみれば、女に逃げられても良かったのだが。パラスの町の門を抜けると、ルワを南に走らせた。女はルワに乗り慣れているのか、遅れないで着いてきている。しばらく走ると、陽が傾いてきた。どこかに野宿できそうな場所は無いかとネドはちょっとあせりながら、平らな乾いた土の上をルワを駆らせて走らせていると、大きな岩が見えてきた。そばに細い木が生えている。ネドは振り向きながら、
「あそこに行くぞ。今日はあそこで横になろう」
後ろの女にそう言ったのだが、女は怒ったようなツンとした顔をネドに向けた。大岩の所に着くと、ルワを小さな木に繋ぎ、女のルワの手綱も、受け取って木に繋ぐと、ネドはそばに立っている女に決心したように話しかけた。
「さて、話をしよう。・・いろいろ聞きたいこともある」
「・・・」
「さっき、君は自分のことを生贄だと言ったが、僕は君を生贄にするつもりはない。絶対に、あり得ない」
女は口を開こうとした。が、ネドは手を上げてそれを制した。
「どんな状況でもだ。君は生きて僕と帰る。絶対にね。さて、名前を聞かせてくれるかい?さっき言ったが、僕はネドだ」
「名前はタリ」
女は暗い顔のまま言った。
「タリ。タリ、いい名前だ。さあ、食事と寝る準備だ」
タリの顔に緊張が走った。
「寝ると言ったのはそんな意味ではない。安心してくれ、タリ」
ネドは、この気候なら夜は寒くなるだろうと、小型船から毛布は数枚持ってきていた。